研究室旅行で吉野川ラフティングしたときに見かけた、SENSのオブジェです。阿波川口駅の駅前にありました。
2011年9月29日木曜日
2011年9月22日木曜日
PBL発表会
本日午後13:00〜16:00の間、G516教室でPBL(Problem-Based Leaning)のコース全体発表会がありました。佐藤研に配属された4名の2年生が、それぞれが独自に製作したフィジカルコンピューティングの電子システム作品を発表しました。各作品は、雑誌「大人の科学 Vol.27」付録のJapaninoをベースにセンサ入力とアクチュエータ等の出力を持つ独立したものになっています。詳細は、PBL専用HPを見てください。
プレゼン風景
作品名「ペットロボット『neko』」 作品名「オーディオレベルメーター」
作品名「リアクション貯金箱」 作品名「忘れ物防止アラーム」
2011年9月7日水曜日
東日本大震災のボランティア活動 参加報告
M2矢引くんが、 東日本大震災のボランティア活動に参加しました。
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8/31~9/6の間、私が参加した東日本大震災のボランティア活動に関して、簡単な報告をさせていただきます。
今回、私は、大阪大学育友会が運行するボランティアバスに乗り、「いわてGINGA-NETプロジェクト」というプロジェクトに参加しました。
「いわてGINGA-NETプロジェクト」は、8~9月の2ヶ月間、仮設住宅のコミュニティづくりの支援を行うものです。週替わりで全国から大学生が集まり、計1300名を超える大学生が活動をします。私が参加した第6期(8/31~9/6)には、大阪大・神戸大・島根県立大・日本福祉大・北星学園大・滋賀県立大・川崎医療福祉大など多くの大学から参加していました。
具体的な活動は、仮設住宅(岩手県南部の約30箇所)ごとに設置されている集会所にて、「お茶っこサロン」と呼ばれるサロン活動を行います。お年寄りの方の話し相手や子どもの遊び相手・勉強のサポートを行い、被災者同士のつながりをつくる支援を行いました。
私は岩手県大槌町で活動しました。実際に仮設住宅に住まれている方の中には、「家族の話をしたいけど、隣人が家族を亡くされているかもしれないのでなかなか話ができない」という方や、「子どものお守りを頼みたいが知っている人がいないので頼みにくい」という若いお母さん、「移動販売車が来るが、耳が悪く足も悪いので近所の方に頼みたい」というおばあちゃんなど、仮設住宅での新たなコミュニティを必要とされている方が多くいました。
現地での私達ボランティアの生活についても少し触れておくと、約200名の大学生が体育館で寝泊りしていました。床に断熱シートを敷いて、その上に寝袋を敷いて寝ました。食事は3食とも菓子パンまたは弁当が支給されました。想いとしてはまだまだ現地で活動したかったですが、体力的にはかなり疲労がたまりました。
私が活動したのはたった1週間で、実質的な成果や貢献はできなかったかもしれませんが、家屋の瓦礫・壊れた自動車などが多く残っている現地の状況を見て、まだまだ復興までの道のりは長いことを身にしみて感じました。私たちはソフト面での支援を行いましたが、ハード面(瓦礫の撤去や泥の掃除など)でのボランティアもまだまだ必要とされているそうです。
最後に、このような機会を与えてくださった大阪大学育友会と期間中ご心配をいただいた研究室の皆様に感謝いたします。
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8/31~9/6の間、私が参加した東日本大震災のボランティア活動に関して、簡単な報告をさせていただきます。
今回、私は、大阪大学育友会が運行するボランティアバスに乗り、「いわてGINGA-NETプロジェクト」というプロジェクトに参加しました。
「いわてGINGA-NETプロジェクト」は、8~9月の2ヶ月間、仮設住宅のコミュニティづくりの支援を行うものです。週替わりで全国から大学生が集まり、計1300名を超える大学生が活動をします。私が参加した第6期(8/31~9/6)には、大阪大・神戸大・島根県立大・日本福祉大・北星学園大・滋賀県立大・川崎医療福祉大など多くの大学から参加していました。
具体的な活動は、仮設住宅(岩手県南部の約30箇所)ごとに設置されている集会所にて、「お茶っこサロン」と呼ばれるサロン活動を行います。お年寄りの方の話し相手や子どもの遊び相手・勉強のサポートを行い、被災者同士のつながりをつくる支援を行いました。
私は岩手県大槌町で活動しました。実際に仮設住宅に住まれている方の中には、「家族の話をしたいけど、隣人が家族を亡くされているかもしれないのでなかなか話ができない」という方や、「子どものお守りを頼みたいが知っている人がいないので頼みにくい」という若いお母さん、「移動販売車が来るが、耳が悪く足も悪いので近所の方に頼みたい」というおばあちゃんなど、仮設住宅での新たなコミュニティを必要とされている方が多くいました。
現地での私達ボランティアの生活についても少し触れておくと、約200名の大学生が体育館で寝泊りしていました。床に断熱シートを敷いて、その上に寝袋を敷いて寝ました。食事は3食とも菓子パンまたは弁当が支給されました。想いとしてはまだまだ現地で活動したかったですが、体力的にはかなり疲労がたまりました。
私が活動したのはたった1週間で、実質的な成果や貢献はできなかったかもしれませんが、家屋の瓦礫・壊れた自動車などが多く残っている現地の状況を見て、まだまだ復興までの道のりは長いことを身にしみて感じました。私たちはソフト面での支援を行いましたが、ハード面(瓦礫の撤去や泥の掃除など)でのボランティアもまだまだ必要とされているそうです。
最後に、このような機会を与えてくださった大阪大学育友会と期間中ご心配をいただいた研究室の皆様に感謝いたします。
車窓から撮影した街の様子(岩手県釜石市) |
宿泊場所(体育館)の様子 |
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